川越に独立店を構えて以来、私一人でオペレーションをこなしています。開業当初は、お客様に多彩な中国料理を味わっていただきたいと思う一方、幅広いメニューをいかに効率的に調理するかが課題でした。私が志す中国料理は、鍋をあおりながら炒めるといった基本技法はもちろん、色とりどりの食材を細やかに盛り付けるなど、マンパワーが重要になります。「一品でもいいから、手をかけずに調理できるメニューがあれば…」という思いから、“提供時間から逆算する“という発想で開発したのが今回のメニューです。
調理のポイントは「温度」、これに尽きます。ローストポークは感覚に頼って加熱工程を行うと、中心部分が生焼け、または火が入り過ぎてかたくなるなど、仕上がりにばらつきが出てしまいます。そこで、今回は理想の仕上がりになる加熱時間・加熱温度を試行錯誤の末に導き出しました。
下茹で工程では、豚肩ロースはボイルする30分以上前から冷蔵庫から出して常温に戻しておきます。ちょっとした温度の違いが熱の入り具合に影響することから、この事前準備も大事なひと手間です。
漬けダレをつくる際には、「ヤマサ重ね仕込しょうゆ 本懐石」を弱火にかけながら、香辛料の香りをゆっくりと移していきます。「ヤマサ重ね仕込しょうゆ 本懐石」は、醤油本来の香り・塩味がしっかりありつつも、それを主張し過ぎない“奥ゆかしさ”があるので、さまざまな香りが渾然一体となる漬けダレにぴったりです。85℃に達したら火を止め、下茹でした豚肩ロースを入れて40分間漬け込みます。
当店では、「豚肩ロースのヤマサ醤油漬けローストポーク」をディナーコースのメイン料理として位置付けています。このメニューには、お客様のご来店に合わせて下茹でと漬けダレづくりを始めれば、少ない工程で調理できるという長所があります。そのおかげで、私は小皿料理が並ぶ前菜や、食材の変化を一瞬で見極めていく炒め物といった他のコース料理に集中できます。お客様が序盤の料理でヌーベルシノワの世界に浸り始め、メイン料理を心待ちにしている頃に、ちょうど漬け込みを終えて最高の状態に仕上がったこの一皿をお出しします。豚肉がもつ力強い旨味と繊細な味付けが一体となったおいしさは、私が目指す世界観をお客様に印象付けるうえで欠かせない存在になっています。
コロナ禍をきっかけに新しい生活様式が生まれたいま、“時間”の価値が見直されています。料理人としては、お客様から与えられた時間のなかで、もてる力を最大限に発揮してご満足いただくことこそ、果たすべき使命なのだと感じています。「豚肩ロースのヤマサ醤油漬けローストポーク」は、調理時間の制約を飛び越えようと挑戦した結果、開発することができました。この経験は、一馬力でいかに効率的に調理するかを考える立場になった私に気づきを与えてくれました。料理のクオリティ以外にも思考を巡らせる意識が芽生え、店舗全体を俯瞰的に見ながら運営する“オーナーシェフの理想像”に、少しずつ近づけていると感じます。さらなる成長を考えるとまだまだ勉強が必要ですが、社会の変化をポジティブに受け入れ、苦難をチャンスに変えながら、私らしい中国料理を追求していきたいと思います。
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