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【匠の皿 vol.6】「食べる“天つゆ”天ぷら」 銀座天春 店主 江口直樹 氏

オリジナルメニューを考案するにあたり、歴史ある江戸料理「天麩羅」の新たな可能性を示したいと思い、閃いたのが『天つゆを揚げる』という発想です。液体を“たね”にするという未知の挑戦は、想像以上に大変でした。天つゆの固め具合や油の温度や揚げる時間などを何度も調整し、口の中で天つゆのゼリーがじわっと溶け出す黄金比を発見。ただ、やわらかい天つゆのゼリーをきれいに揚げるには、ひとつの“たね”に神経を注ぎやさしく扱わなければならず、天麩羅職人と言えども簡単ではありませんでした。驚きに満ちた天麩羅を追求する姿勢を崩さず試行錯誤した末に、あっさりとした旨味が特徴の鮪だしにヤマサ醤油の香りとほのかな塩味が効いた、今までにない「食べる“天つゆ”天ぷら」は完成しました。
 


 
天麩羅、ひいては江戸料理の文化を継承することは、この世界で生きる私の使命。江戸庶民の料理から、世界に知られる日本食へと発展させた先人たちのように、私も天麩羅というジャンルを進化させるためにイチゴやチョコレートを使ったスイーツ系の天麩羅を考案してきましたが、今後も革新的なメニュー開発を続けていきたいですね。一方で、伝統的な天麩羅のおいしさを一般の人にも広く知ってもらうことも、文化を継承するうえでとても大切だと考えています。そこで、今回は家庭でも簡単にできる「天麩羅をおいしくつくるコツ」を紹介したいと思います。
 

 
まず、天ぷら衣に使う卵は「黄身のみ」にしてください。さくっとした食感で味わいのある薄衣に仕上げることができます。当店のコース料理では天麩羅を14品提供するため、最後までおいしく召し上がっていただけるよう“軽い食感”を追求しています。衣の軽さは加える水の量でも調整できますので、何度か試しながらお好みの衣を見つけてみてください。
 

 
揚げる時のポイントは、家庭用の天ぷら鍋では「食材をひとつずつ揚げる」ことが大事になります。おいしい天麩羅の特徴であるカラッとした揚げ具合に仕上げるには、油の温度を一定に保つことが欠かせません。食材をひとつひとつ揚げることにより、小振りな天ぷら鍋でも油の温度が下がりにくくなり、食感に大きな違いが生まれます。また、香りが控えめなひまわり油で揚げると、素材の風味が引き立つ天麩羅に仕上がるのでおすすめです。
 

 
天麩羅の定番食材「えび」の揚げ方は2種類あります。ひとつは200℃で20秒ほど揚げて、生えびのような甘味を楽しめるレアな食感に。もうひとつは、天ぷら衣を二度付けして1分ほどじっくりと揚げる方法です。芯まで火の通ったえび本来の風味を味わえ、衣を厚くしている分、天つゆにたっぷりとひたして楽しめるのも魅力です。
 
これからの寒い季節にぜひ試していただきたいのが「椎茸の天麩羅」です。傘の部分に切れ目を入れ、天ぷら衣は傘の内側のみに付けます。天ぷら衣を付けていない傘の切れ目から水分が蒸発し、旬の椎茸の香りが凝縮したひと味違う味わいになります。また、冬ならではの食材として「蟹の天麩羅」に挑戦してみてはいかがでしょうか。上手に揚げるコツは、蟹の水気をしっかりときること。衣の中からあふれ出る旨味や香りは、蟹の新たな一面を知ること請け合いのおいしさです。
 

 
天つゆの理想的な割合は、濃口醤油と淡口醤油と本みりんと鮪だしが「0.5:0.5:1:6」。天麩羅の素材を引き立てるさっぱりとした味わいがおすすめです。その点、ヤマサ醤油はわずかな量でも鮪だしの旨味と調和する“芯のある醤油らしさ”を出せるので、天つゆをつくるうえで重宝しています。
 
天麩羅は『素材・衣・天つゆ』という要素のシンプルさゆえに、ほんの一手間を加えるだけでおいしさに格段の違いが生まれます。江戸料理の技法がふんだんに詰まった天麩羅が日本中の食卓を彩り、たくさんの“おいしい笑顔”を生み出せたとしたら、天麩羅職人としてはこの上ない喜びです。
 
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