渋谷駅からほど近く、行列ができる飲食店が並ぶ一角。階段を上り、さりげなく店名が書かれた扉の中に入れば、喧噪は遠のき、代わりに炎の温もりが迎えてくれます。土壁で仕上げられた店内には、研ぎ出しのカウンターや作業台がすっきりとしたたたずまいを見せ、奥にある焼き台には薪がくべられています。「土と火で構成されたこの内装ができて、そこから店名が決まりました」と國居さんは明かします。
まだ知られていない自然の香りで
日本の四季を表現したい
店内の貯蔵庫に並ぶ瓶詰めの発酵食品は、単なるディスプレイではなく、全てこのお店で使われる食材です。この店の個性の1つである発酵食品は、國居さん自らが山や森に入り採取してきた植物で作ったもの。安全性を保つため、食材探しは必ずその地を熟知した人に同行し、教えを受けながら行っています。「日本料理の香りは柚子や山椒などに代表されますが、私はまだ知られていない自然の香りで日本の四季を表現したいんです」。発酵から生まれる酸味を料理に使うため、酢は使わず、魚醤や肉醤も自作。興味をもった食材があるとすぐに発酵を試すため、時には失敗もありますが、予想以上の美味しさに出合えることに喜びを感じています。
そんな発酵食品を活かしたキラーメニューが、「チョウザメのお造り」です。キャビアを求めて訪れた静岡県の養殖場でチョウザメの美味しさに魅了され、食材に取り入れるようになりました。もっちりとした食感に仕上げたチョウザメのお造りに添えたのは、2、3週間発酵させたウドの薄切り。シャキシャキとした食感と爽やかな酸味が、脂のりのよいチョウザメの余韻を和らげます。チョウザメは淡泊さも感じられることから、昆布のオイルでコクと旨味を加え、仕上げにキャビアとせりを添えました。
醤油は、このお店ならではの薪醤油(まきじょうゆ)です。これは、「ヤマサしょうゆ」に火のついた薪を直接入れ、蓋をして半日寝かせたもの。クセがなく食材の個性を引き出す「ヤマサしょうゆ」はそのままでもお造りに合いますが、「薪火の香りとも相性がよく、新たな醤油の世界が広がりました」と國居さんは言います。
お店の熱源を担う薪火は
難しいけれど遊びがいがあるのが魅力
「懐石 小室」での修行を経て、フランス北東部のアルザス地方にある、在ストラスブール日本国総領事館で働くことになった國居さん。寒さが厳しい環境で昔から大切な熱源として用いられてきた薪火に出合い、その温かみやありがたさに触れて、日本料理に使ってみたいと思うようになりました。その後コロナ禍で帰国を余儀なくされましたが、話題の薪火レストラン「Maruta」と縁ができ、薪火の世界へと足を踏み入れます。
独立しオープンさせた「SHIZEN」の熱源は、薪火と1口のIHコンロのみ。IHコンロは温めなどに使用するだけなので、料理はもっぱら薪火が担います。火力が安定しないため片時も目が離せず、しかも同じ炎を使っていくつもの料理を平行して作る必要があるため、コントロールがとても大変です。それでも「炭に比べると薪火は食材を柔らかく包み込むので、フレッシュな持ち味を残せます。扱いは難しいのですが、それも楽しみの1つです」と話します。
火の通りを加減できるように、上に食材を置く段をいくつか設けた焼き台は、食材を焼くだけでなく、いぶしたり香りをまとわせたりと様々な使い方が可能。下には灰の中で野菜などにじっくりと火を通す引き出しも備えるなど、発想力を刺激する機能性と遊び心が感じられる造りとなっています。薪はナラやサクラが基本。ワイナリーで剪定されたブドウの木の枝を香りづけに使うと、ワインとのペアリングもグッと際立ちます。失敗したら元のやり方まで戻ればいい、という柔軟な心でチャレンジを続けてきた國居さん。大きな可能性を秘めた薪火の自由さに、自分の生き方に通じるものを見ているのかもしれません。
ブドウの木の枝
そんな薪火を使った2品目のメニューが「薪焼き琵琶マス」です。着想のきっかけは、國居さんの祖母が約20年前に漬けた梅干し。「数は少ないけれど、多くの人に味わってもらいたい」と考え、調味料に使うことを思いつきました。梅干しの種と「ヤマサしょうゆ」、みりん、酒を沸かし、梅干しを刻んで加えたタレを、琵琶マスの切り身にかけて焼きます。最初は強火で炙り、その後上段に移して遠火でじっくりと火を通せば、皮目はパリッと、身はふっくらジューシーに。この理想的な食感を実現するのも薪火の力です。
焼きあがった琵琶マスに添えたアスパラガスは、軽く油をまとわせて薪火で焼き、緑豊かな森を閉じ込めたような「ヒノキこしょう」で和えました。この「ヒノキこしょう」は、森で口にしたヒノキの新芽にキレイな柑橘香を感じたことから、柚子胡椒と同じ作り方で作ったものです。
左から:國居さんの祖母が約20年前に漬けた梅干し、ヒノキこしょう(ともに 「薪焼き琵琶マス」に使用)、 2、3週間発酵させたウド(「チョウザメのお造り」に使用)
滋賀県に住んだことがあり、モロコやアユなど琵琶湖の恵みを食材としてよく活用する國居さんは、薪火の香りと梅干し醤油のタレに、淡水魚特有のクセを程よく活かしながらマスキングする力があると実感しています。そして、薪や梅干し、食材を結びつけているのは「ヤマサしょうゆ」だと考えています。「修行先で馴染んだ味であり、純粋に美味しいと思う醤油です。何かと組み合わせて使う場合は、必ずこの醤油を使います」。
「発酵食品」×「薪火」は原点回帰
新しいものを生むためには「制約」が必要
「発酵食品」と「薪火」の組み合わせというと、日本料理のニューウェーブのようにも感じます。事実、この店を訪れる訪日外国人は、伝統的な日本料理には飽き足らず、新鮮さを求めている人が多いのだとか。北欧の発酵文化を進化させたデンマークの「noma」の影響もあり、発酵食品に対するお客様の理解も深まりつつあります。しかし、「発酵食品も薪火も、昔から日本にある文化。だからこの料理は原点回帰。そこに自分の感性を加えている」と國居さん。新しいものを生み出すのには制約が必要であり、修行中に叩き込まれた日本料理の基礎も、いくつかの定番食材をあえて使わないようにしていることも、原点回帰も、自分の料理にとって大切な制約だと考えています。
國居さんは、「知らない味にワクワクするし、それを自分で生み出せるに越したことはない。自分で作る味が好きです」と語ります。だからこそ、自分の料理を通じてお客様にもぜひ一緒にワクワクしてもらいたいし、自分と同じような自由さで料理にチャレンジする人が増えて、そのスタイルが一種のスタンダードになっていけばいい。そんな未来を思い描いています。「これからの料理はますますジャンルレスになっていくでしょう。私が作る料理も、日本料理ではなく〝私の料理〟なんです」。
【店舗紹介】
SHIZEN
〒150-0002
東京都渋谷区渋谷3-6-18 荻津ビル3F
平日 17:00~/19:30~
土・日・祝日 16:00~/18:30
※不定休
https://sakai-shokai.jp/shizen/
> English