―ご自身のキャリアを、料理やお店の強みにどのように活かされていますか?
笈川様:高校を卒業後、新橋の寿司店からスタートし、懐石料理や京料理のお店で修行を積みました。その中で学び経験してきた料理と日本の伝統の上に、今の私の料理があります。今回作った「日本橋 笈川 名物 箱寿司」も、修行したお店の料理から着想し、そこに仕掛けのある京都の器の陶箱を組み合わせることで生まれました。このような小さな器は、本来はお弁当やおせちのように食材をぴっちりと詰めることはありません。でも、器のことも学んできたからこそ、ルールから外れない範囲でお客様に喜んでいただける使い方ができます。実際にお客様は蓋を開けるまでどんな料理か分からないワクワク感を楽まれており、今ではお店の名物料理になっています。
また、日本の季節ごとの美しい景色や、古くから伝わる歳時記を反映させた「情景料理」も、これまでの経験から導き出された料理です。日本料理は高級になるほどシンプルになっていく、引き算の料理。その分、世界観や情景、器の力が大切になってきます。昔ながらの料理を作っていればいいかというと、それでは面白くないですよね。古い物を新しい物に変えるのではなく、それを今風の料理として昇華させて、お客様に提供したいと私は考えています。
清藤様:私の祖父母は鹿児島で小さなお店を経営しており、子どもの頃は、そのお店の料理を食べたり手伝ったりしていました。母も料理が上手で、美味しい物を食べるのが毎日の楽しみ。それが私の料理の原体験です。成長して手に職をつけたいと考えた時、真っ先に浮かんだのは料理の世界でした。
父が転勤族で引っ越しを繰り返したため、特定の土地に対する愛着がなく、料理人としてそのことがコンプレックスだった時期もありました。でも視点を変えれば、逆に何でも受け入れて、ごちゃまぜにすることに抵抗がなかったんです。そのことに気づいてから、自分のスタイルに自信をもてるようになりました。東京に店を構えているのも、東京がいろんな人や文化が集まる場所だから。自分のお店を1つの国ととらえて、ここから新しい文化を生み出していきたいです。
笈川様:人との出会いも重要ですよね。修行した店に、「こういう人になりたい!」と思わせる親方がいました。その人は、カウンターでお客様を魅了する人。トークも料理の見せ方も、料理の仕切りも実に見事でした。私がカウンターに立ち続けている背景にはその人の存在があります。また、生まれ育った日本橋で店を開いてよかったとも思っています。なぜなら、日本橋は人を育てる街だから。料理やサービスのみならず経営の視点からも道を示し、背中を押してくれるお客様がとても多く、たくさんのことを学ばせていただいています。
清藤様:私の場合、挫折や悔しさがターニングポイントになりました。まずは駆け出しの23歳くらいの頃のこと。少し軽い気持ちで大きなコンペに参加して、優勝した人の料理や気構えに打ちのめされました。自分より経験も知識もある人が、徹底的に準備をしてようやく勝っているのに、準備不足でその場に臨んだ自分はなんなのだと。そこでまず、しっかりと料理の基礎を作ろうと思いました。
次のターニングポイントも、コンペのRED U-35。「今の自分なら絶対に勝てる!」という気持ちで出場しましたが、専門学校の同期に負けました。自分にはまだ足りないものがある、もっと頑張らなければいけないという事実と向き合い、負けた相手にも忌憚ない意見をもらって、そこから料理が変わりました。なんでも取り込むスタイルは自分の色として残しつつ、考えることもやることも、必要なものだけを残してそぎ落とすフェーズに入ったのです。
―外食産業の変化や、それに対応するご自身の強みとはどんなところでしょうか?
清藤様:今は情報が簡単に手に入るようになったため、お客様が知識豊富になっています。いろいろな面で気を配らなければならず、難しいですね。例えば衛生面への配慮など、これまでグレーだった部分が明白になり、決まり事が増えるのは致し方ないでしょう。でもそこで、料理人が専門家として得ている知見から情報発信を行えば、お客様との相互理解が深まるかもしれないと考えています。
情報発信というと、お店とお客様とのマッチングにSNSが大きな役割を果たしていますよね。私は、制作に時間がかかるホームページではなく、自分が美味しい、美しいと感じたものをタイムリーに発信できるインスタグラムを活用しています。今はこのようなSNSを見て来店する人が主流です。だから、フォロワーを増やすのではなく、自分の世界観を理解してくれるお客様に届くことを目指しています。
笈川様:清藤さんとは世代が大きく異なるので、そのあたりの意識はだいぶ違いますね。SNSのお話がありましたが、私も、私のお店のお客様も、実はSNSをあまり見ていません。それでも、最近インスタライブを始めました。狙いは新規顧客の開拓。思いがけない質問をいただけるところに面白さを感じていますし、興味をもって実際にご来店してくださるお客様もいらっしゃいます。
人口も減っていく中でお客様に選ばれるお店になるために、これからの飲食店には、体験や経験の提供が求められるのではないでしょうか。美味しい料理を食べるだけ、お腹を満たすだけなら私のお店でなくても叶えられます。でも、お客様にとっての豊かさや幸せとは、それだけのものでしょうか。料理の背景やこの時期に食べる意味、込められた願いなどをお伝えしながら召し上がっていただくことで、お客様は食の豊かさを感じられるのではないかと考えています。また、ただ美味しい料理を食べていただくのではなく、話が弾んで居心地もよくて、つい長居をしてしまう。そんな幸せも提供したい。だから私がお店のカウンターに立つことに意味があり、他のお店との差別化になっていると思います。常連のお客様には「口を動かすより手を動かして」などと言われることもあるのですが、その一方で「これほどお客様を楽しませる職人はいない」というありがたいお言葉も頂戴しています。
清藤様:自身やお店の強みを認識していないと、力の入れどころが分からないですよね。自分の強みというと、味だけで勝負できる料理人でないと自覚できていることだと思います。決して味をないがしろにするわけではなく、お客様に一番響いているのはお店の世界観だということを忘れずに、追求し続けていきたいです。
―ご自身の料理やお店の今後についてどのようにお考えですか?
清藤様:今回の企画で醤油の使い方を試行錯誤し、醤油を使っても「和」にならず、自分の料理に違和感なく取り入れる手立てが見つかりました。今後は怖がらずに使っていけそうです。実は醤油を使うことをこれまで避けてきました。お店の料理は、いろいろな要素を混ぜ合わせながらも味わいは「洋」で統一しています。和食が好きだからこそ醤油の美味しさは十分に承知していますが、液体に醤油を使ってしまうと「和」の料理になってしまう。だから、使いたくても使えなかったのです。
笈川様:液体に醤油を入れると「和」になるという発想が新鮮です。何かが足りないと感じた時、日本料理では醤油を加えて味をまとめたりしますが、それが清藤さんのおっしゃる「和」になるということなのでしょうね。
私は今後の展望として、今まで以上に外国のお客様にも日本の文化を伝える料理を食べていただきたいと考えています。日本橋も再開発がすすんでいて、環境も変わるでしょう。興味深いお話しもいろいろといただいています。
清藤様:お店は、自分が表現したいことを全て実現できる場所へ移転したいと考えています。お皿の上だけで世界観を表現したいので、今のお店のようにカウンターに私やスタッフがいることがノイズになってしまう。でも、笈川さんのようにカウンターに立つからこそお客様に提供できる体験もあるので、迷っています。あとは、スタッフに技術を伝えて、将来的には自分がいなくてもお店が成立するようにしていきたいです。
笈川様:技術を伝えるのは大変。頑張って頑張って、振り返ったら付いてくる人が誰もいなかったなんてこともあり得るので気を付けてくださいね。これからは働く人も減るので、多店舗のような横への広がりよりも物販など考えてみてはどうでしょうか。
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【笈川 智臣氏プロフィール】
日本橋笈川
店主
1976年生まれ、東京都出身。
「京料理 たん熊北店 熊魚庵」などを経て、2012年に「日本橋笈川」を開業する。素材にこだわり、京都の歳時記に則った京料理をベースにした繊細かつ大胆な発想で、ここでしか出会えない遊び心が込められた料理を提供している。
■日本橋笈川
〒103-0027
東京都中央区日本橋2-15-8
11:30~15:00(L.O.13:30)
17:30~23:00(入店21:30)
※日・祝日定休
https://nihonbashi-oikawa.com/
【清藤 洸希氏プロフィール】
枯朽
オーナーシェフ
1994年生まれ、鹿児島県出身。
大阪の調理師専門学校を卒業後、大阪市内のミシュラン1つ星のフランス料理店で、フランス料理の基礎を学ぶ。その後、東京のビストロでの料理長兼店長を経て、2022年8月に東京・押上に「枯朽」をオープン。
主な受賞歴
RED U-35 2023 ゴールドエッグ
■枯朽
〒 130-0003
東京都墨田区横川2-13-9
木・土・日曜日 12:15スタート/18:30スタート
水曜日 18:30スタート
※月・金曜日定休
https://ko-kyu.jp/
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