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【ひしほがたり】第十七話:発酵×醤油

 
―発酵食品や醤油は、お二人にとってどのような存在ですか?
 
桂様:腸内のバランスを保ってくれる、生涯の助っ人的な存在です。整腸機能に優れる発酵食品の中でも日本の伝統発酵食品には植物性乳酸菌を多く含むものがたくさんあります。今回のメニューでは、長野県の木曽地方に古くから伝わる「すんき漬け」を使用しました。塩を使わずに赤かぶの葉を乳酸発酵させた漬物です。
欧米ではここ数年、お腹の調子や免疫機能を整えるものとして植物性乳酸菌が注目されています。植物性乳酸菌よりも動物性乳酸菌のほうが身近な欧米の食生活の中で、日本の伝統的な発酵食品をもっと紹介していきたいと考えています。素敵なプレゼンテーションと味の組み合わせで、どのように食べていただくか。料理人としての腕の見せ所ですね。
 

 
菅野様:植物性乳酸菌を活用した日本の発酵食品では、醤油も代表的なものですよね。
 
桂様:私は、ソースの仕上げにほんの数滴落としたり、炙ったりすることで醤油の香りを活かすことが多いのですが、菅野さんはどのように醤油をお料理に合わせていますか?
 
菅野様:私は刺身を提供する場合、お客様に醤油をつけてもらうのではなく、出汁で割った醤油を葛で溶いてかけてお出しすることが多いですね。脂と合わせると塩味は抑えられます。脂と塩味を調和させるのに醤油は使いやすく、刺身に醤油をつけるのは、魚の脂を食べるためじゃないかとも思っています。寿司に刷毛で醤油をサッと塗って提供する、あのくらいの使い方でよいのかもしれませんね。
 
桂様:脂を食べるために醤油をつけるということまで思い至る、日本の食文化はすごいです。ニューヨークのスーパーマーケットを10年前と今で比べると、醤油の品揃えが格段に充実しました。醤油の美味しさが認められ、需要が高まっているように感じます。欧米での醤油への意識が、「しょっぱいもの」から始まって、少しずつ発酵食品への理解が深まり、旨味に気づいてもらえるようになったと感じています。
 
菅野様:日本料理において、発酵食品は旨味を引き出すために使うもの。発酵で育んだ旨味だけを贅沢に使い、残った部分は別の料理に仕立てます。発酵食品をメインにしたり、「発酵食品です」と言ってお客様にお出ししたりすることはありません。でも、料理に旨味を足すには一番使いやすい、無くてはならない存在です。
私が料理人を始めた頃は、海外からのお客様には日本料理であってもナイフとフォークを出すのが当たり前。ワインもお肉も出してほしいと言われました。でも今はお箸を希望され、ワインは無くても構わないと言われます。木の芽の香り、出汁の旨味について、海外の方が言及するようにもなりましたし、味の感じ方が徐々に世界共通になってきているのでしょう。インターネットなどで「日本料理が美味しい」という情報が広がり、食べているうちに味覚や意識がどんどん変わっていったのではないかと考えます。
 

 
―発酵食品の今後についてどのように考えますか?
 
桂様:世界にはまだまだ知らない発酵食品がたくさんあります。どの国でもその土地の人が生きるために、何を食べて生命を維持するのか、大切な食料をどうやって保存するかという視点から作り始め、長年当たり前に使ってきました。これからの世界を考えると、気候変動などによって食材として入手できるものも変わってくると予想されます。今までに培ってきた知恵を使い、どう保存していくかが試されると思います。
 
菅野様:なぜ発酵させるのかというと、それは保存のため。これからは生産と保存をセットにして考えていかなければなりません。日本料理は今、新鮮な食材を仕入れ、すぐに調理して提供することが大きな価値のようになっていますが、改めて保存食品を見直す必要があります。保存食品にはクセが強いものが多いのですが、それを上手く使うのが料理人。その時季だけに食べられる新鮮で質の高い食材を仕入れるだけでなく、手元に長く置いておける保存食を活かし、どれだけ美味しくできるかが大切になっていきます。
保存食では、私は乾物の可能性にも注目しています。日本全国にはその地域で受け継がれてきた乾物がありますが、作り手がいなくなり、徐々に失われつつあります。それは発酵食品も同じこと。価格を含めた価値をもっと高めることで、生産性も伝統的な食文化も持続可能になり、その存在が未来につながっていくのではないでしょうか。
 

 
桂様:醤油の原型は、味噌桶に溜まっていた液体だったという説があるように、副産物から調味料の歴史が始まることもあります。ヨーグルトの製造過程では、たんぱく質などを含む栄養豊富なホエイ(乳清)が副産物として生まれますが、私の知る限り、日本ではその多くが活用されることなく廃棄されているのが現状です。発酵食品であるバニラビーンズも、鞘の部分が大量に余ります。ホエイやバニラの鞘などを加工して、副産物的な存在から、いずれは多くの人に愛される醤油のような定番調味料へと発展させていくことも大切だと考えています。
 
菅野様:醤油もヨーグルトもバニラビーンズも、発酵食品はとても手間ひまかけて作っていますよね。でも、それに見合った価格で提供できているのか。消費者としては安いほうがいいのですが、生産者としては安く売ればよい製品を生み出すのが難しくなります。
 

 
―醤油と発酵食品の相性、その使い方とは?
 
菅野様:発酵は酸味が出ることが多いのですが、分かりやすい例でいうと酢醤油のように、酸味と醤油はすごく合うんですよね。セットで使うのは、日本料理の中ではごく自然なことです。
 
桂様:醤油は五味の中では塩味としての役割が大きいのですが、旨味も秀でています。醤油と他の発酵食品とを組み合わせると、その相乗効果で料理を形成する味のレイヤー(層)が分厚くなると考えています。そして料理を飲み込んだ後も、長い時間、大きな丸い円を描くように続く風味が生まれるように感じます。
 
菅野様:濃口の醤油は香りで使うことが多いですね。特に「ヤマサ特選しょうゆ」は塩味と香りのバランスがいいので、調理の際に、香りづけの意味で「ヤマサを切る」という言葉を使ったりします。香りや旨味など他の要素がないと、塩味が際立ってしまいます。例えばラーメンは塩味が強いですよね。でも、香りや旨味、脂など塩味以外の要素も強いため、しょっぱさをあまり感じずに食べ切ってしまえるのです。
 

 
―お二人がこれから目指していきたいことは?
 
菅野様:お客様に私の料理を食べていただく以上は、他で食べられない料理を提供するということは重視すべきですが、他では食べられない料理を「作り出せる」という料理人にならないといけないと考えています。技術が不足していると食材のよさに頼らざるを得ません。しかし経験を重ねた者は、食材の魅力を引き出し、より高める技術で料理に「値打ち」を付けることのできる料理人でいられるよう努力し、お客様に認め続けられる店を目指していくべきだと考えます。
 
桂様:私は今、レストランを持たず、企業や自治体の特産を活かしたメニュー開発を仕事の中心としています。お客様を待つのみならず、自ら食材のある場所に出向き、調理法を考え、伝えることも料理人の大事な一面だと感じています。地元の食材を美味しく調理できる人を増やせたなら、食材確保が困難な時代を迎えた時にも大きな力となるはずです。未来に向けて、人材と食材をどう結びつけていくかが大切だと思います。
 
菅野様:私は自宅がお店を兼ねているので、家から一歩も出ないような毎日です。桂さんのような人が新たな活動を始めて、そこからいろいろな情報や知見を得られるのはとてもありがたいです。
 
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【菅野 茂男氏プロフィール】
茂幸
料理長
 

 
1982年生まれ、東京都出身。
駒場学園高等学校食物調理科を卒業後、銀座の日本料理店にて和食の料理人としてのキャリアをスタートする。その後、京都の料亭「祇園丸山」などを経て28歳から「麻布 幸村」で修業。9年間の研鑽を重ね、2020年4月に独立し、生家のあった渋谷区西原に「茂幸」を開業。
 
■茂幸
 

 
〒151-0066
東京都渋谷区西原2-17-3
18:00~21:00(L.O.)
※不定休
https://www.shigeyuki0319.com/
 
【桂 有紀乃氏プロフィール】
Forkreator
代表・エグゼクティブシェフ
 

 
1984年埼玉県生まれ。
2005年ザ・プリンス パークタワー東京に入社後、 ホテル内の宴会部門やフレンチレストラン「ブリーズヴェール」に12年半勤務。在エディンバラ日本国総領事館公邸料理人、ニューヨークの「Bouley at Home」「Bouley Test Kitchen」のR&D(Research and Development)シェフを経て、2022年にフードデザイン事務所「Forkreator(フォークリエイター)」を開業。日本各地で商品開発、料理教室、食事会イベントの開催などに取り組んでいる。
 
主な受賞歴
RED U-35 2016 ゴールドエッグ 岸朝子賞
 
■Forkreator
 
https://salon.io/forkreator