―コロナ禍は外食産業に大きな影響を与えました。おふたりはどのような変化を感じていますか?
田中様:お酒を提供できないことが、店の運営をここまで大きく変えるのかと驚いています。お客様の料理を召し上がるテンポが速くなり、通常のオペレーションでは調理が追いつかなくなるんですよね。また、テレワークの影響もありディナーの営業開始直後から来店する方も増え、事前準備を万全にしなければ慌ただしくなるのは言うまでもありません。
福嶋様:よく分かります。お客様は料理を楽しみたい一方で、感染予防への意識の高さがうかがえるので、長居しなくても済むように配慮しています。
田中様:鍋料理も本来はお客様に取り分けていただくのですが、現在は配慮として料理人自らよそっているため、いかにして効率的に配膳するかが悩みどころです。福嶋さんは効率化のために心がけていることはありますか?
福嶋様:ディナータイムはコース形式なので、一連の流れがよどみなく進むよう、スムーズな調理工程やサーブ方法を念頭に置いています。お客様の大事な時間を預かっている身として、コロナ禍によるオペレーションの変化を言い訳にはできません。限られた時間内で当店の魅力を味わっていただくため、日々苦心しながら改善しています。
―効率的な店舗運営という課題に対して、調理面で工夫していることについて教えてください。
田中様:調理方法が確立された料理であっても、「まだ改良の余地があるのではないか」という意識を注いでいます。効率化が求められる最たる場面がランチタイムです。当店では「金目鯛の煮付け」が人気ですが、一つひとつ煮ると時間がかかるため、それでは限られたお客様にしか提供できません。そこで調理工程の見直しに着手。従来の手順では、煮始めから仕上げの風味づけまでがひとつの工程ですが、「煮る」と「仕上げ」を分けることが課題解決につながるのではないかと考えました。その初めての試みのカギとなったのが、真空パックです。煮立てた「金目鯛の煮付け」を真空パックし、注文いただいてからパックを開封して仕上げる方法を確立しました。すると、つくりたてのおいしさはそのままに、手際よく提供することが可能に。その新しい調理工程のおかげで、テイクアウトを含め多くのお客様にお喜びいただいています。真空パックは保存がきくので、つくり過ぎによる廃棄ロスの削減にもつながり、まさにいいことずくめです。
福嶋様:その方法は画期的ですね。私も提供時間から逆算して調理することを意識しています。今回開発した「豚肩ロースのヤマサ醤油漬けローストポーク」は、ディナーコースのメイン料理でお出しする際には「お客様が来店したから、ボイルを始めよう」という要領で調理しています。中国料理は炒める・揚げるといった付きっきりの調理が軸になるため、煮る・漬け込むだけで味がきまる“手のかからないメニュー”がひとつあるだけで、オペレーションは円滑に回ります。
田中様:いいですね。できないことや難しいことにぶつかった時、「妥協する」という方法で回避するのではなく、自分が持っている引き出しを駆使して「工夫する」ことが重要だと思います。
―福嶋さんは取り巻く環境の変化に順応する中で、料理人として着実に成長されているのですね。
福嶋様:師匠の教えの偉大さをあらためて実感する毎日です。材料を無駄にしないこと、水やガスを大切に使うこと、そして逆算して考えること。基本に立ち返りながら、実直に店づくりに励むことで、私自身も料理人として少しずつ成長できたかなと感じています。
田中様:福嶋さんはご自身で考えながら成長されていますが、指導する立場として、若い世代の考え方の移ろいを肌で感じています。一人前の料理人に育てるためには、「見て盗め」よりも「丁寧に教える」、「𠮟る」よりも「諭す」、のように、指導者自身も考え方を更新して、時代に応じた成長できる環境をつくらなければなりませんね。
―最後に、今後に向けた展望や外食産業の在り方について、おふたりの考えをお聞かせください。
福嶋様:外食業界もテイクアウトに力を入れたことで、中食のクオリティは飛躍的に上がりました。ただ、料理の本質的なおいしさは、飲食店という空間でこそ味わえるのではないでしょうか。お客様に足を運んでいただくためにも、外食ならではの価値向上に使命を燃やしていきたいです。
田中様:私たち料理人も、外食の魅力の一端を担っています。会話で場の空気を和ませ、お客様一人ひとりを想った料理でもてなす。この有意義なひとときは、料理単体では生み出せません。外食のさらなる可能性としては、ひとつの商材に特化するのも面白い。他の店にはない名物一本で勝負して、それを目当てにやってくるお客様をうならせる。料理人としての腕が鳴る、興味深い世界だと思います。
福嶋様:田中さんのようなお立場でも、常に新しい挑戦を見据えていらっしゃるんですね。都内で腕を磨いてきた私にとって、現在のお店は大きな挑戦です。郊外ではなかなか味わえない本格中華の魅力を、いかにして広めていくか。東京では得られない刺激を楽しみながら、川越ならではの中国料理を突き詰めていきたいです。
田中様:私は長らく営業時間を短縮していたので、体力に一抹の不安が(笑)。フル回転できる日に備えて、まずは自分自身を鍛えなおします。そして、再訪を心待ちにしていたお客様を、おもてなしの心でお出迎えしたい。そんなおなじみの光景が戻ることで、外食業界における止まっていた“時計の針”は再び動き出すのではないでしょうか。
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【田中 勝氏プロフィール】
赤坂 ひかわ
料理長
1966年生まれ、埼玉県出身。
日本料理の世界を志し、埼玉県で指折りの割烹料理店、料亭でいろはを学ぶ。その後、国際色豊かな銀座、新宿の名店で腕を磨き、2006年から「赤坂 ひかわ」の料理長に就任し、伝統的かつ遊び心で抑揚をつけた料理で食通を魅了。現在は、日本料理研究会の師範として日本料理界の発展にも貢献している。
■赤坂 ひかわ
〒107-0052
東京都港区赤坂6-15-1 ミツワビル1階
月~金 11:30~13:30、17:30~22:00
土 17:30~21:00
※日曜・祝日定休
https://r.gnavi.co.jp/g192500/
【福嶋 拓氏プロフィール】
chinois 蓮歩
オーナーシェフ
1984年生まれ、山形県出身。
赤坂の名店「Wakiya一笑美茶樓」で中国料理人としてのキャリアをスタート。巨匠・脇屋友詞氏のもとで、ヌーベルシノワの華やかな上海料理と、料理人として妥協なき姿勢を身につける。15年近くに及ぶ研鑽の日々を経て独立。2021年3月に「chinois 蓮歩」をオープンし、新天地である川越を拠点に独自の料理を探究している。
主な受賞歴
RED U-35 2014 ゴールドエッグ
■chinois 蓮歩
〒350-0063
埼玉県川越市幸町6-1 白石店舗2階
11:30~14:00(L.O. 14:00)
17:30~22:00(L.O. 21:00)
※月曜定休
※不定休
https://chinois-renpo.owst.jp/
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