高校を卒業して最初に入ったのは、新橋の寿司店。その後、京料理などのお店で修行を重ねてきました。その中で得た様々な経験から誕生したのが、この「箱寿司」です。今では私のお店の名物料理になりました。
まず、特徴的な器のことからお話ししましょう。器は季節感や文化を伝え、料理を引き立てて食べる人を楽しませる、スパイスのような存在。これまでの経験から、仕掛けのある器を使いたいと考えました。選んだのは小さめの、陶箱と呼ばれる蓋のある陶製の器。歴史は古く、京料理でもよく使われる物です。前菜を盛り付けたりするのが一般的ですが、最近では使い方が広がっているようです。陶箱のよいところは、何といっても蓋を開ける時のワクワク感でしょう。お客様は蓋を開けるまでどのような料理なのか分かりません。そのため、開けた瞬間に「うわっ」と驚き、喜んでもらえるような料理を目指しました。
とはいえ、このような小さな陶箱は、本来はこの「箱寿司」のような使い方はしません。例えば真ん中にちょこんと蒸しアワビを盛り付け、肝のソースをかけるだけといった、余白を残して使う物。そんな使い方が日本の伝統です。でもこの料理では、お弁当やおせち料理のように、ギュッと詰め込んだ盛り付けにしました。「このような使い方は……」とご指摘を受けることもありますが、寿司や懐石料理、京料理で学んできた器のルールはきちんと守っていますので、あとはお客様に喜んでいただければそれでいいと私は考えます。器も新しい使い方をされて、料理を食べる人に喜ばれるなら、うれしいと思いますよ。
彩り豊かな食材をライン状に並べる発想も、過去の経験から得たものです。独立前に修行していたお店にこのような盛り付けの料理があり、「かっこいいな、おしゃれだな」と記憶に残っていたことから、着想しました。少し前に「痛風丼」という料理が流行りましたよね。ネーミングはさておき、あのように魅力的な食材を詰め込んでみようと考え、トロ、ウニ、イクラ、キャビアという華やかな具材をラインアップしました。
ごはんは、通常より1割程度水を少なくして炊きます。寿司酢は少し甘く感じるかもしれませんが、これは私が京料理を学んだことによるもの。もともと押し寿司や箱寿司が主流で寿司に保存食の役割もあった関西では、握りをメインとする関東の寿司より、寿司酢に砂糖を多めに使います。
具材をのせることを考えて、寿司飯は器の半分くらいの高さまで、表面が平らになるように丁寧に入れるようにします。その上に、色合いを考え、トロ、ウニ、イクラを、順番に盛り付けます。トロと器の境目に小ねぎを並べ、ウニとイクラの間にキャビアをのせたら完成です。
美しく仕上げるためのコツは、盛り付けの順番です。試行を重ねた結果、最も配色がよく、盛り付けもしやすいと分かったのがこの順番でした。また、具材の高さを揃えることと、器との境目や端の方が落ち込んでしまわないように隅々までしっかりと具材を盛ることも意識するとよいでしょう。
醤油はお客様ご自身でかけていただくのではなく、直前に「ヤマサしょうゆ」を適量かけ、わさびを添えてからご提供しています。これも、食べる時に醤油をつけない関西の寿司文化を反映していますし、こうすることで「箱寿司」を一番美味しい状態で食べていただけます。
「ヤマサしょうゆ」は、これまで教えを受けてきた親方みんなが使っていた醤油です。つまり、私が「美味しい」「目指したい」と思っている料理の数々には、この醤油が使われているということになります。私自身も使い慣れていますし、「ヤマサしょうゆ」以外の醤油を使うと、味の決め所が分からなくなってしまいます。調味料に関して浮気は絶対にできませんね。
「日本橋 笈川 名物 箱寿司」のレシピはこちら