醤油の原型は味噌桶に溜まっていた液体だったという説がありますが、発酵食品が作られる過程で生まれる副産物には、新しい発酵調味料としての可能性を秘めたものがまだまだたくさんあります。今回はそんなバイプロダクト、いわゆる副産物に着目し、健康と美味しさを調和させたフランス料理を考えました。
1品目は、「フォワグラと三角クラフトコーラのプレッセ、ルバーブのクーリー、ホエイのキャラメル」です。このメニューでは発酵食品のバイプロダクトであるヨーグルトホエイとバニラビーンズの鞘を使います。
※最上段右から:ヨーグルトホエイ、ホエイみりん、ヨーグルトホエイのキャラメル、バニラオイル
中段右:バニラビーンズの鞘
ヨーグルトホエイとは、ギリシャヨーグルトなどの水切りヨーグルトを製造する際に大量に生じるホエイ(乳清)で、乳酸の甘味や酸味、旨味がたっぷり含まれています。5分の1になるまで煮詰めると、とろみがついてみりんのように使えるため、私は「ホエイみりん」と呼んでいます。さらに10分の1になるまで煮詰めると、甘さに加えてほんのりと酸味も感じる、どこか懐かしい味わいのキャラメルになります。まずはこのキャラメルを自家製調味料として用いることにしました。
バニラビーンズは、発酵させることで香りを引き出していますが、料理などで使用するのは主に種の部分。そこで、鞘にも豊かな香りがあるのを利用し、バニラオイルも用意しました。バニラビーンズの鞘を米油やグレープシードオイルなどの油に漬け込んで香りを移したもので、常備しておくと調味料として幅広く活用できます。
まず、フォワグラのプレッセ(テリーヌ)を作ります。下準備として、フォワグラは血管や筋などを取り除き、房に分け、大粒でミネラルが豊富な塩、フルール・ド・セルと胡椒、コニャックで全体をマリネして、ラップで包んで冷蔵庫で8時間寝かせます。
調理前にフォワグラを冷蔵庫から出し、常温に戻しておきましょう。常温に戻してから使わないとフォワグラ内部の温度が上がりにくくなり、加熱が不十分になることがあります。鍋に赤ワインと「三角クラフトコーラ」を入れて火にかけ、沸騰したら弱火にして温度を70℃にします。そこにフォワグラを沈め、6分間を目安にポッシェ(沸騰しない温度の液体で茹でること)してください。この時の温度は70℃を維持するようにし、温度が上がってしまったら赤ワインを加えて調整しましょう。ポッシェには様々な方法がありますが、この方法だと赤ワインや「三角クラフトコーラ」の風味をより活かすことができます。
醤油も入った「三角クラフトコーラ」は、旨味、スパイスの風味、甘味のバランスが絶妙で、料理に使っても食材の脂に負けず、色もつけられるのが魅力です。しかも使いやすい液体であるのが画期的ですね。スパイスと生姜の風味にはパッションフルーツや青りんご、マンゴーなどのクーリー(ソース)も相性がよいと思います。季節のフルーツでアレンジを楽しみましょう。
フォワグラの中の温度を確かめて、全体が均一に55~60℃になったら網の上に取り出して、脂をきります。ラップを敷いた型にフォワグラを詰めてラップで覆い、軽く重しをして冷蔵庫に寝かせましょう。型に詰める時はあまり押し過ぎず、脂を残すようにしてください。型に入れずにラップで巻いてもOK。1晩でも固まりますが、2、3日寝かせると味が落ち着きより美味しくなります。
次にルバーブのクーリーを作ります。ルバーブ全体に軽く粉糖をふりかけて20分ほど置き、水分とアクが出てきたらペーパーで拭き取ります。2㎝にカットして鍋に入れ、カソナード(さとうきび100%のブラウンシュガー)をもみ込んで30分ほど置いてから中火でソテーし、バニラビーンズ、ラズベリービネガー、白ワインといった発酵食品を加え、水をひたひたになる量まで注いで煮込みます。ルバーブが柔らかくなったらバニラビーンズを取り出してください。ライムの果汁、大葉と共にミキサーにかけてピュレにし、濾してから冷蔵庫で冷やしましょう。
お皿にスライスしたフォワグラのプレッセをのせ、フルール・ド・セルとミニョネット(粗びき胡椒)をふりかけます。フォワグラは最初に房に分けて切っておいたことと、型に詰める時に押し過ぎずに脂を残したことによって、スライスすると赤ワインと「三角クラフトコーラ」の色による美しいマーブル模様が現れます。ルバーブのクーリーにバニラオイルを加えて皿に流し、ヨーグルトホエイのキャラメル、香りのよいバニラオイルを垂らしたからし菜やピーシュート、マリーゴールド、アマランサス、花穂紫蘇、トーストしたブリオッシュを添えて完成です。
2品目は、「炙り雲丹とすんき漬けのスクランブルエッグ、熟成コンテチーズのムースリーヌ」です。このメニューで使う発酵食品のバイプロダクトは、先ほども登場したヨーグルトホエイを煮詰めたホエイみりんと、すんき漬けの漬け汁です。
すんき漬けとは、長野県の木曽地方で古くから受け継がれている、塩を使わずに作られる世界的にも珍しい植物性乳酸発酵の漬物です。伝統野菜の赤かぶの葉で作られているのに、その漬け汁には貝類に含まれる旨味成分のコハク酸が豊富。魚介類のソースベースのような独特の美味しさがあるのに加え、煮詰めてもしょっぱくならず、調味料として様々なものに合わせられます。
そんなすんき漬けと漬け汁を使って、スクランブルエッグを作ります。小鍋に発酵バターを入れて弱火で溶かし、みじん切りにしたエシャロットの水分を出しながら、色をつけずにしんなりするまで、弱火でゆっくり炒めます。そこに、すんき漬けの漬け汁を加え、油分と水分に一体感をもたせながら混ぜ合わせましょう。すんき漬けの漬け汁は、白ワインで貝の口を開けた時の旨味を感じさせるので、その白ワインのイメージで使いました。割りほぐして濾しておいた卵を入れ、弱火で混ぜると、鍋の中の油分と水分によってゆっくりとトロトロになっていきます。その状態で火からおろし、ギリシャヨーグルトを加えて滑らかに乳化させてください。アクセントにみじん切りにしたすんき漬けを加え、「鮮度生活うすくち丸大豆しょうゆ」で味と香りを調えます。今回使った「鮮度生活うすくち丸大豆しょうゆ」は、色が濃くつかないことと、最後に入れると香りがよく立つことから選びました。パルメザンチーズを混ぜてスクランブルエッグは完成です。
続いて用意するのが、熟成コンテチーズのムースリーヌです。温めた生クリームに、おろしたコンテチーズを弱火で溶かしながら混ぜ合わせ、凝固剤を加えて濾し、エスプーマボトルに入れてガスを注入して作ります。
器にスクランブルエッグを移し、上に熟成コンテチーズのムースリーヌを絞ります。その上に乗せるのは、炙り雲丹。「生引たまり」とホエイみりんを混ぜ合わせた醤油ホエイソースを雲丹にたっぷりと塗り、バーナーで表面がカリカリになるまで炙ったものです。「生引たまり」を使うとお餅を焼いた時のような芳醇な香ばしさが楽しめ、さらにホエイみりんの乳酸発酵の香りも加わることで、濃厚で食欲をそそる香りが立ち上ります。スクランブルエッグ、ムースリーヌ、炙り雲丹は、いずれも温かな状態で盛り付けて、一緒に口に含んだ時の一体感を演出しましょう。最後にパルメザンチーズをおろして振りかけ、山椒のスプラウトとフェンネルの花など、季節のマイクログリーンを飾って仕上げます。
今回のメニューでは、3種類の発酵食品のバイプロダクトと、醤油、すんき漬け、ヨーグルト、チーズ、ワイン、ビネガー、発酵バターなどの既に主産物として認知されている様々な発酵食品とを掛け合わせることで、発酵食品同士の相乗効果を生み、味のレイヤー(層)に深みをもたせました。発酵食品のバイプロダクトは今回使ったもの以外にも数多くありますが、その多くが有効活用されていないのが実状です。私は、今は注目されていないそれらを使って調味料を作り、その価値を世の中に広めていきたいと考えています。ゆくゆくは、醤油のような定番の調味料になっていくといいですね。
「フォワグラと三角クラフトコーラのプレッセ、ルバーブのクーリー、ホエイのキャラメル」のレシピはこちら
「炙り雲丹とすんき漬けのスクランブルエッグ、熟成コンテチーズのムースリーヌ」のレシピはこちら