―数々の名店で研鑽を積まれてきたおふたりですが、料理人人生を語るうえで欠くことができない「自分を変えた一皿」はありますか?
老川様:最初の修行先で食べた「すっぽんの玉〆」です。初めてすっぽんを目にした時は、野性味あふれる姿から「本当においしいの?」と半信半疑でした。その印象をがらりと変えたのが、日本酒をたっぷりと使う贅沢かつ豪快な調理法と、煮込むにつれて琥珀色を帯びる出汁の美しさ。そしてなにより、味わったことのない強烈な旨味でした。私は実家が日本料理店で、料理にはそれなりの自信がありましたが、「すっぽんの玉〆」は“日本料理の世界は果てしなく広がっている”ことを教えてくれました。
廣川様:私は「魚のポワレ」のおいしさに衝撃を受けました。高校時代、料理人になる勉強として様々なジャンルの料理店を巡るなか、地元新潟のフランス料理店を訪れました。そこで食べたのが「魚のポワレ」。皮目のバリバリっとした食感、ソースが生み出す味の奥行き。初めてのおいしさに、私はその場で「フレンチの世界に飛び込もう!」と決意しました。もしもその一皿と出会っていなければ、日本料理人として実家の旅館を継いでいたかもしれませんね。
―そのターニングポイントは、現在の料理人人生にどのように活かされていますか?
老川様:面白いことに30年近く経ったいまでも、すっぽんという食材には驚かされています。というのも、同じレシピでも20歳と40歳では味わいの感じ方が異なり、時代ごとに脚光を浴びる調理法と組み合わせることで、知らなかった一面が引き出されるのです。私の料理人人生は、すっぽんから学び、すっぽんを通じて料理界の変遷を見てきたと言っても過言ではありません。
廣川様:日本料理の伝統メニューも、老川さんのような現代の料理人によって新たな魅力が発掘されているんですね。フランス料理も同じように、時代ごとの流行や嗜好の変化を色濃く映します。ポワレを例にすると、現代ではバターを使わずオリーブオイルで軽やかに仕上げるやり方が注目されています。私も、そうした新しい技法は意欲的に吸収しますが、心がけているのは“自分らしさのある料理”。伝統や目新しいものだけに目を向けず、己に軸足を置いた一皿を追求しています。
―“自分らしさ”はどのようにして養っていますか?
廣川様:“自分らしさ”はすぐに身に付くものではないです。まずは基本を学び、人気店や興味をそそられるお店を食べ歩いて、舌と頭の両方を鍛えていく。そして、分からないことはすぐに調べず、とことん悩んで自分なりの答えを導き出してみる。一見遠回りに思える道のりこそ、自分らしさを育み、定説を覆すインスピレーションにつながると信じています。
老川様:地道な日々の積み重ねによって、廣川さんのいまの活躍があるのですね。私にとっても、ハーブやオリーブオイルといった“香りを使いこなす”フランス料理の技術はとても勉強になっています。たしかに、SNSやインターネットを活用すれば世界各地の人気メニューを詳細に知ることができます。ただ、いくらきれいな写真であっても味や香りは伝わりません。おいしさが生み出される現場を訪れ、五感で学ぶ廣川さんの姿勢は、若手料理人にとっても良いお手本になると思います。
廣川様:昔気質な性格のせいか、自ら考えて行動する姿勢こそ“日本の職人の在り方”だと思っているので(笑)。老川さんにそう言っていただけてより大きな自信になりました。成長の原動力となったその精神をこれからも持ち続けていきたいです。
―日本料理とフランス料理、それぞれ新たなインスピレーションを探す旅は続きそうですね。
老川様:最近気になっているのは、加圧調理や低温調理です。日本料理の定番食材が、どのような食感や風味になるのか、非常に興味深い技法です。様々な料理ジャンルから新たな技法を取り入れることで、日本料理の新しい扉が開くのではないでしょうか。
廣川様:フランス料理では馴染みのある調理法ですが、炊き合わせなどの日本料理に応用したら面白そうですね。私はその土地ならではの食材をどんどん試してみたいです。日本は、知られざる逸品がまだまだ眠る“食材の宝庫”。ここ最近だと、北海道産夏鹿のおいしさに驚かされたばかりです。そんな私の調理欲求をかき立てる、魅力的な食材との出会いが楽しみで仕方がありません。
老川様:なるほど、廣川さんは“自分を変える食材”を探す真っ最中ですか。私も日本料理の伝統を守りつつ、新たな革新的要素を積極的に取り入れ、国籍や年代を問わず「こんな日本料理、初めて食べた」「すっぽんってこんなにおいしいんだ!」と感動していただける一皿づくりに挑戦していきます。
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【老川 喜三氏プロフィール】
日本橋 鰻 伊勢定 本店
料理長
1972年生まれ、東京都出身。
実家が生鮮卸兼日本料理店という環境のもと、日本料理の世界に魅了され18歳で浅草の老舗割烹料理店に入門。その後、神楽坂や日本橋、銀座の名店を渡り歩き技術を高める。2000年に「日本橋 鰻 伊勢定 本店」の料理長に就任して以来、日本料理のさらなる奥行きを探求するとともに、後進の育成に励んでいる。
■日本橋 鰻 伊勢定 本店
〒103-0022
東京都中央区日本橋室町1-5-17
11:00~15:00(L.O.14:00)
16:30~20:00(L.O.19:00)
※土曜不定時営業につき要問合せ
※日曜定休
https://isesada.co.jp/
【廣川 拓渡氏プロフィール】
NonTitle /NARITAYUTAKA 赤坂
シェフ
1984年生まれ、新潟県出身。
旅館を営む実家で日本料理の基礎を学び、高校卒業とともにフランス料理の世界へ。県内のフレンチレストランで修行し、2006年に上京。恵比寿をはじめとした注目エリアの名店でフレンチの技法を習得する。2021年7月から「NonTitle /NARITAYUTAKA 赤坂」に活躍の場を移し、培ってきた技術と経験、インスピレーションを活かした“未知の食体験”を提供している。
主な受賞歴
RED U-35 2017 ブロンズエッグ
RED U-35 2018 ブロンズエッグ
■NonTitle /NARITAYUTAKA 赤坂
〒107-0052 東京都港区赤坂4-2-3
ディアシティ赤坂一ツ木館2階
12:00~15:00(L.O.13:30)
18:00~24:00(L.O.20:30)
※不定休
※会員制
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