国内で作られる定番漬物は、現在50種類ほど。漬物を季節ごとに分けることを研究者はあまりしませんが、このコラムを機にまとめてみたいと思います。
まず春らしい漬物といって思い浮かぶのは、「桜の花漬」。花を食す文化は海外にもあり、日本では桜や菊を食用にしてきました。「桜の花漬」は、八重桜を白梅酢で洗い、強い塩で漬けて乾燥させ、化粧塩をふったものです。産地は神奈川、静岡などの暖かい地域。ふだんはアンパンのへそに置かれたものとして、見ることが多いでしょう。花漬の塩味が、アンの甘さをよく引き立てます。
「桜の花漬」に湯を注ぐと花が開き、香りがふわりと広がります。桜湯は、結婚式など祝いの席でお茶の代わり(お茶は「茶を濁す」「茶化す」の言葉があるので避ける)にも使われます。ただ江戸初期頃までは、花の散る様子から縁起の悪いものとされた話も残っているようです。
贈答に使われる漬物の高級品「奈良漬」も、祝い事の多い春に合う漬物といえるでしょう。古くは粕漬と呼ばれ、奈良時代の皇族、長屋王邸跡の遺跡から木簡の記録が出土しています。奈良の名物ですが、他県で作っても「奈良漬」といいます。塩蔵した越瓜、きゅうり、なす、守口大根などを、焼酎と砂糖を大量に加えた酒粕に三度漬け替え、粕に野菜の塩を、野菜に粕の糖とアルコールを移す成分交換で漬け上げます。アルコール度数3.5~4%、塩度4%、糖14~20%ほど。よい酒粕がとれる神戸、灘あたりでおいしいものが作られています。
「奈良漬」と同様に、糖とアルコールを加えて熟成させた粕に、塩漬したわさびの葉や生わさび根茎を混ぜ合わせたのが「わさび漬」。宝暦年間(1751~1763年)に開発されました。安倍川上流に産地があり、地元で糠漬にしていたのを静岡商人が世に広めたようです。最近は数の子を混ぜるため山海漬と区別が難しいのですが、わさびの量で判断します。出張の帰りに新幹線でわさび漬と竹輪をビールの肴にするのが、私の密かな愉しみです。
前田安彦(まえだやすひこ)
宇都宮大学名誉教授。全日本漬物協同組合連合会常任顧問。50年に及ぶ漬物研究のデータを集約した『漬物学 その化学と製造技術』(幸書房)、『新つけもの考』(岩波新書)など著書多数。